日々綴(とある私立大学職員)

日々思うことを書いていこうと思います。主として大学関連の話題。ただし、それ以外も日々の思いをつらつらと(とある私立大学職員)

「ありがとう」と言うこと

 ある方のTwitterで、店員さんに「ありがとう」というのはおかしいのではないかと友人に言われたとの声があった。自分自身、誰にでも「ありがとう」と言うので、全くおかしいとは思わなかった。

 

 話は変わり、今日、車の車検からの半年点検があった。自宅にまで取りに来てくれて、親切丁寧な対応をしてもらった。結局どこにも異常はなく、オイル交換のみで少し申し訳ないくらい。この車検をしてもらったところは、長年仲良くさせていただいている方から紹介してもらったところで、非常に気持ち良い対応をしてもらっている。この半年点検の際にも思ったのだが、心地良い対応をしてもらったら自然と感謝の言葉は出る。

 

 勝手な憶測だが、店員さんに「ありがとう」というのがおかしいと思う人は

 ・店員より客の立場が上だと思っている

 ・当たり前のことにお礼を言うのは変

 ・ありがとうというのがただ恥ずかしい

 だと思っているのかなと。

 ちなみに店員さんより立場が上だと思っている人は、立場によって態度を変える嫌な上司になりそうだなと勝手に思ってしまったり。

 

 またまた話は変わり自分の留学中の話。

 留学中に「いただきます」と「ごちそうさま」をしていたら国の文化もあって変だと言われた。何の宗教だと。その際は宗教ではなく、習慣で食事への感謝だと説明したが、奇異の目で見られるのはわかるなと思った。食事をとる場所によっては、日本人だとわかって危ないこともあるのだろうと、一時期「いただきます」と「ごちそうさま」を言わなかったときがあった。しかし、夏休みに同時期に別の大学に留学していた友人に会った際、友人も同様のことを言われたようだが、それでも「いただきます」と「ごちそうさま」を変わらずにしていた。その姿を見て、ブレないってすごく素敵なことだなと思った。自分が正しいと思うこと、自分のあるべき姿というのを曲げない姿勢、見習いたいと思った。

 

 社会を生きていくなかで、色んなストレスっていうのはあって、それを人にぶつける人もいる。だけれども、わざわざ人にストレスをぶつけることなんてなくて、多くの人が心地良く過ごせていけるように、少しずつの気遣いっていうのは必要なんだと思う。

 

 例えば、自分が店員だったとして、感謝されないより感謝される方がいいし、心地良い人には心地良い対応に自然となってしまう。そう思うと店員さんに「ありがとう」と言うのは自然じゃないかなと私は思う。

 

 また、「ありがとう」と言える大人でありたいし、「ありがとう」と言うことを恥じる大人でもありたくはない。自分が理想とする姿であるために、自分はこれからも「ありがとう」と言い続ける。恥ずかしいのはそれを言えない自分だと信じて。