日々綴(とある私立大学職員)

日々思うことを書いていこうと思います。主として大学関連の話題。ただし、それ以外も日々の思いをつらつらと(とある私立大学職員)

大学の会議における"責任"

 少々昔を思い出しての愚痴です。

 

 大学の会議においては、様々な部分できな臭い部分が見え隠れする。本学に限らず、恐らくどこの大学でもそうだろうとは思うが、教員が主で構成される部門の会議や打合せにおいては、議論の際に好き嫌いで発言をしたり、自分にとって不利なものは議場に出さなかったりする。更に、大学全体の会議の場では、自学部に不利な発言はしなかったり、時に貸し借りといったような話になったり、本来の目的ではなく、与えられた範囲での運用方法についての議論が主になってしまったりもする。

 

 一職員が言う権利はないが、全体の会議の場では、所属組織を代表してきているのと同時に、大学全体を見て発言する責任を負っているのを忘れてはいないだろうか。全体会議以外でも、好き嫌いや貸し借りなどもってのほかである。こうした会議は教員が主で構成され、会議によっては職員はオブザーバーで発言権すらない。しかし、本来教員は研究者でもある。普段研究をする時のように、こうした会議の場でもアカデミックな議論がどうしてできないのだろうか。

 

 これは私の個人的な見解であるが、大学の主たる役職に就いてしまった人は、その時点から政治家になってしまう。もちろんそうではない教員もいるが、組織から選ばれたことでその組織を優先したり、保身を第一に考えてしまう教員も多いのが実情だ。それはもちろんわからなくもないが、そうした姿勢を正すことができなければ、改革は進まない。だからこその学長権限の強化であろうが。

 

 そうした教員に対しては、普段の研究者としての立場を思い出し、批判的な思考で疑ってかかったり、議論をぶつけあったりしてほしい。

 

 かくいう職員も、職員間の会議等では、めんどくさいだの、業務が増えるだの、自分・自部署の仕事じゃないだの、自分が始めた思い入れがある事業だのといった話が出たり、垣間見えたりする。

 大学という教育機関であるからこそ、職員もアカデミックな議論をすべきである。誰のために働くべきか、そして何のために働くべきか、忘れてはいないか。以前、下記でも書いたが、プロ意識を持って仕事をすべきである。そこに思い入れ等、個人の感情は不要である。

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